人に学べば人も学ぶ?

文部省の在外研究員派遣として,'98 年 3 月から,アメリカ合衆国ペンシルバニア州ピッツバーグ大学の Learning Research and Development Center (LRDC) で勉強する機会を与えて頂きました.これまでに "筆者の窓" を通して見聞きした事柄を中心に,LRDC の様子についてご紹介いたします.

LRDC は,1963 年の設立以来,考えること (thinking),学ぶこと (knowing),そして理解すること (understanding) に関わる極めて広範囲な研究分野で,多くのプロジェクトに参画してきた実績があります.研究対象は,学校における教育活動のみならず,企業や博物館までもが視野に入っています.研究テーマも,"process of learning","learning in school", "education policy and reform", "learning and the world of work", "learning and technology" と多岐にわたっています.この研究所に来て,最初に驚いたのは,研究分野の多彩さです.教育へのコンピュータ応用の研究をしている人と同じ数くらいに,教育系,心理系,臨床系の (コンピュータには必ずしも興味がない) 研究者がたくさんいます.CT スキャンで撮影した脳の断面図を眺めながら,"理解" について議論しているグループに始めて出会ったときには,驚きを通り越して,むしろ新鮮な感じすらしました.

本学会に特に関心が深いと思われる Learning and Technology に関するプロジェクトの一部をご紹介します.(1) Advanced Technology for Learning Project: インターネットや書籍など,さまざまなリソースから収集した情報を視覚化するための知識表現と GUI ツールを開発しています.(2) CATO Integration Project: 事例に基づく弁証法の訓練システムです.法律学校の学生を対象にして,実践的な研究が進められています.(3) CIRCLE (Center for Interdisciplinary Research on Constructive Learning Environment): 次世代の知的教育支援システムの開発を目的としたプロジェクトです.人間の教師による個別教授がなぜ効果的なのか?という素朴な疑問から出発したプロジェクトです.(4) Groupware for Learning: インターネットを利用したグループウェアの開発です.その他にも,Learning and Teaching には,たくさんの研究プロジェクトがあります.詳しくは,文末にご紹介する Web ページをご覧ください.

LRDC では,研究会が多いことも驚きの一つでした.8 階建てのビルですが,エレベータの中には,常に,何らかの研究会の案内が掲示されています.ほとんどの研究会は,何らかのプロジェクトの活動としてオープンに行われます.不思議と,多くの研究会は,昼食の時間帯に行われます.心理系の研究会にいたっては,その名もズバリ "Cognitive Brown Bag".こちらのファースト・フードは,テイクアウトすると茶色い紙袋に包むことが多いので,そういう名前になったそうです.ピッツバーグ大学のすぐ向かいには,コンピュータサイエンスで有名な CMU (Carnegie Mellon University) があります.LRDC では,CMUと共同の研究会が多いので,CMU との交流は親密です.

LRDC にしろ,CMU にしろ,研究会での話の多くは「実験結果の報告と考察」です.日本の研究会で多く見られる技術的な議論は,ローカルな研究会ではあまりありません.こちらの研究者は,教育システムを設計するにあたって,たくさんの実験を行っています.実際に,どのような現象を扱うのか,何が問題なのか,といった事柄を調査するために,たくさんのデータを集めます.ローカルな研究会では,そういう言わば基礎的な部分に焦点を当てて議論をしています.そのような活動を通して,教育システムに必要とされる機能が必然的に設計されていくのは,確かに理想的なプロセスです.教育システムのブレークスルーは,人に学ぶことかもしれないと思い始めるようになりました.CT スキャンの画像に何かを見出す日もそう遠くないのかも知れないというのは言い過ぎでしょうか.

LRDC の Web ページ: http://www.lrdc.pitt.edu

松田 昇 (電気通信大学情報システム学研究科)
mazda@pitt.edu